透明人間と戦うな。

過去と未来のことを心配したり、訪れてもいない可能性に心をすり減らしてばかりいる。

未来のことを心配することは大切だ。それは人間が生存するために与えられた本能的な感覚なんだろう。この先に危険がないか、それを判断できない人間には死がまっている。

心配することは決して悪いことではないけれど、人によってはそれがあまりにも過剰な場合がある。そう僕のように。

 

決してこの能力で損ばかりしているわけではない。失敗を極端に恐れるこの性格のおかげで僕は試験と呼ばれる類のもので基本的に失敗したことはない。合格率がかなり低い資格試験のようなものでも確実に成功してきた自覚もある。

でもその性質のせいで多くのものも失ってきた。行動しなければわからない、あるいは行動していれば道が拓けていた可能性を自分の性質で摘み取ってきたという自覚も多いにある。

あの時こう行動していれば自分の未来はもっと明るかっただろう。そう考えることは山ほどある。

 

考えすぎは返って身を滅ぼす。それは自戒の念を込めてここに記しておくべきだろう。

結局は行動が自分の人生の全てだ。もし仮に何か行動を起こして、それが失敗に繋がったとしても、そこから挽回すればいいだけの話だ。

未来のことや不確定要素に対して憂慮してばかりの自分はさながら、そこに存在しているかのような幻に対して常に警戒しているようなものだと感じている。

あくまで自分が思い描いている、あるいは遅れている未来は現実ではない。カイジのチャンが言っていたようにそれは幻でしかない。

なぜそのような未来があると感じてしまうのか?それは結局自分の心だ。

自分の心が未来を作っているんだ。未来は白紙だし、いつだって人生は途中だ。

別にいいじゃないか。仮に負けても。問題は動きもせずに負けることだろう。